意見文:何故GODとI(私)は大文字で書くのか?
お久しぶりですっ!!!
1ヶ月以上更新が止まっていたSHNNです、遅くなって申し訳ありません...
そろそろ韓国に短期留学で行くのでハングルや一年間の数学やフランス語の総復習とかやらなきゃやらなきゃと思って結局やってないです。
また、暇なときにずっと今回のテーマを考えていたからってのも更新が遅かった理由になるかと...(いやならない)
さて、今回はこんなテーマです。
何故英語でGODとI(私)は大文字で書くのか?
これは、かの有名なアメリカのケンブリッジ大学の東洋研究学部(向こうで学部という呼び方をするか分かりませんがとりあえず学部と表記しておきます)の入試問題です。
なぜいきなりこんな問題を考えるようになったかというと、現代文の先生がこれを授業で取り上げたからです笑
つまり完全に筆者の生活からテーマが決まってます笑
「世界一考えさせられる入試問題」という本に載っているので、良かったら読んでみて下さい!
今回は、私が1ヶ月の間考えて浮かんだいくつかの答え(また授業で取り扱った答え)などを書いていこうと思います。
1.絶対性という意識がはたらくから
これは私がこの問題を聞いてすぐ浮かんだ答えです。
「自分」という存在と「神」という存在は絶対性を置くことが出来るから、という考えです。
まず「I」から考えましょう。
言われるまでも無思いますが、自分のことというのは全て自分で決められますよね。いと
「朝ごはんを食べるということを選択する」
「二度寝するということを選択する」
「遊ぶということを選択する」
「何を学ぶか選択する」
といった具合にです。
もしかしたら、
「他人に指図されて行う行動は自分で決めていないじゃないか」
と思う方がいらっしゃるかもしれませんが、極論を言えばそれは
「他人の言うことを聞くということ」
を自分で選択したことになるので、これも自分で決めていることになります。
自分の行動、思想、その他あらゆる自分のことについては、自分で選択したり考えたりしているので、
「自分」に絶対性を置くことが出来る
と言えると思います。
では次に「GOD」についてです。
日本という様々な宗教から文化を取り入れている国ではなかなか理解するのは難しいですが、一神教の国々では「聖書」や「コーラン」などのいわゆる「神の言葉」があらゆる行動規範に大きく関わっています。
日本と違って何人も神様がいるのではなく、一人の神様を信仰するので神の人々に対する影響力というものはすごく大きくなり、よって神にも絶対性を置くようになります。
一方SheやHe、また自分を含めたWeなどが何故文頭でないときは小文字になるのかというと、それは絶対性が存在しないからです。
彼、彼女、そして私達(自分以外の)は何を考えているか、何をするかなどに制限はかけられないので、絶対性という意識はもたらされません。
2.客観視の象徴
客観視の象徴とはどういう意味でしょうか。それを理解するためには日本語、そして漢字文化圏の特徴を理解する必要があります。
日本という国では、一つの概念に対していろいろな言葉を使います。
例えば、同じ雨でも「雨」「小雨」「霧雨」などなど色々です。
しかし、欧米ではただ「Rain」で終わりです。強いて言うなら、その前に就職語句をつけて情報量を増やす程度です。
さらに、漢字文化圏では新しい概念を表現しようとしたときに、漢字を新しく作り出してその概念を表現します。
例えば、「峠」という漢字は中国から伝わった漢字ではなく、日本人が作りだした漢字と言われています。
これを前提に考えていきましょう。
これもまず「I」から考えましょう
「I」という単語を日本語で表そうとするとは色々な言い方が出てきます。
「私」「俺」「うち」「自分」などです。
ここで注目してもらいたいのは、「自分」という言い方です。
誰かが自己紹介などで話しているときに
「自分は〜」などと話すことがたまにありますよね。この一人称のことを「自分」と表すと「俺」や「私」などと違って少し自分自身のことを客観視している目線になっているのが分かりますか?
自分の意思などを伝えるのではなく、客観的に見た事実を伝えようとしている感じです。様々な意味がありますが、その中でこれが「I」という単語が持つ客観性です。
「GOD」についてはどう言えるでしょうか?
1つ目の答えでも言ったように、欧米において神という存在はあらゆることに関して全知全能です。
つまり、人々の上から神が見下ろしている感じといったら伝わるでしょうか。
これを言い換えると、神という存在は人々のあらゆる行動、思想を上から見下ろしている、つまり客観視できる存在と言えます。
これが「GOD」という存在の客観性です。
正直2つ目よりも最初の答えについて考えている時間が長かったので、少し文章としては2つ目が薄くなってしまいました...
しかし、2つ目の答えには、これが答えになりうる確かな根拠というものがあります。
それは、この問題を出題している学部が「東洋研究学部」であるということです。
今回、この2つ目の答えを考えていくときに前提知識として漢字文化圏、そして東洋の代表的な国、日本の言葉についての特徴を知っていることがありました。
大学入試とはその学部に入る生徒への「これからこういうことを学ぶんだよ」という手紙とも言われています。
この答えを出せる人というのは、本当に東洋研究に興味を持つ生徒ではないでしょうか。
さて、今回はこんな感じで大学入試問題について考えてみました。
みなさんは今回の問いにどのような答えを出しますか?
模範解答はありません。自由な発想を膨らまして考えてくださいね!